20年ほど前、僕が仕事を始めてしばらくしたころ、30万円を超える高級腕時計を購入した。
カッコいい自分好みの腕時計をネットで一心不乱に探して選んだことを覚えている。
いざ時計が手元に届き、自分の左手に腕時計を付けた時、高級時計の重さに驚き『おもッ』と思わず口に出した。
その声は一人暮らしのアパートに静かに響き渡った。自己満足というやつだろうか。
イメージ通りの超カッコいい腕時計を付けて鏡の前に立ったことを思い出す。
当時、独身で6年付き合った彼女に振られたばかりで、結婚資金も気にしなくていいなら、思い切って買おうと思ったのであった。
それから出かけるときや飲みに行くときなど、欠かさず腕時計を付けていくようになった。
同僚や友人から、カッコいいと褒められたときは誇らしく嬉しい気持ちになったのは嘘ではない。
この時、一切気づいていないがカッコいいのは決して僕ではなく時計だ。
半年後、僕はいとこの結婚式で福岡博多の高級な結婚式場に来ていた。
僕の高級腕時計も映える場所だ。
待合室で、40代の親戚夫婦に声を掛けられた。NPO法人で安心安全なくらしのために活動しているご夫婦である。
『久しぶり!元気にしているかい?』
他愛もない会話だったが、直後に僕の左手を見て『カッコいい腕時計をしているね』と奥さんが笑った。
僕は自慢げにスーツをまくり上げ『高級時計』を見せて自慢した。
でも、その夫婦は僕を諭すような、どこか寂しげで残念そうな表情で見ていた。
腕時計という『モノ』で自分を大きくさせようとしていた僕の、若さゆえの見栄えや危うさを見抜いていたのだろうか・・・
僕はバカにされたような気持になって、自分で貯めて買った腕時計を付けて何が悪い!とムキになった表情で返したと記憶している。
高級腕時計に見合う男になろう!と思ったが、本質は違うところにあったことに後々気づいていく。
20代後半になり、彼女と復縁し結婚することとなった。
彼女は僕の就職と同時に遠距離となったため、僕との未来を一度諦めたために別れを決断していた。
他の男性ともお付き合いしていたものの、最終的には仕事も地元も捨てて僕の元へ戻ってきてくれた。
彼女は『あなたの本当の優しさに救われた』と言ってくれた。
つまり、顔も腕時計も関係がなかったのだろう。
結婚した時ぐらいから、少しずつお金の使い方について考えるようになった。
子宝に恵まれ、かわいい子供たちが僕たちのもとに4人も生まれてきた。
親なら誰もがそう思うだろうが、子供たちにしっかり食べさせてあげたい。好きなことにチャレンジさせてあげたい。
と子供たちの成長を心から願うようになった。
僕の左手に付いていた高級腕時計は、抱っこした子供の頭に当たるとケガするからとしないようになっていた。
子供が欲しがるおもちゃやゲーム、できるだけ買ってあげて一緒に遊んだりもした。
でも子供たちは直ぐに飽きるし、遊ばなくなる。ガラクタになってしまっていくこともしばしばあった。
欲しいものを買い与えることが、子供たちにとって本当にいいことなのだろうか?と考えるようにもなった。
長男が小さいときのこと。
僕が昔遊んでいたWiiというゲーム機でマリオカートで遊んでいたのだが、長男は毎日のように一緒にやりたがった。
負けても負けても、お父さんもう1回やろう!と挑んできていた。
多分、あの時お父さんと一緒にやるマリオカートがやりたかったのだろうと後になって気づいた。
別に古いおさがりのゲーム機でもよかったわけだ。長男は最新のゲーム機よりも『父親と一緒に過ごす時間』が欲しかったのだろう。
お金は有限であるから、どのようにお金を使うべきかをよく考えるようになった。
妻はよく旅行へ行きたがる人だ。
子供たちは北海道、USJ、ディズニーなど小さいころから何度も飛行機に乗っている。ほんと、幸せなやつらだ。
もちろんお金は掛かるが、子供たちは今でも夕飯の時に思い出話に花を咲かせてくれる。
USJのマリオやディズニーのアナ雪の話、北海道でスキーをした話などみんな笑顔で溢れている。
旅行に行った経験が財産となり、子供たちの記憶にしっかりと残っているのだろう。
あの時買ってあげたおもちゃの話はほとんどすることはないのに・・・
少しずつ、親戚の夫婦があの時僕を残念そうに見た理由が分かるようになってきた。
「お金の使い方で人生が変わるんだよ」ということだったのだろうか?
高級腕時計は、僕の見栄に過ぎなかったのだ。
高級腕時計を付けたところで人生は変わりっこない。
物に投資するぐらいなら、経験に投資すべきなんだと確信に変わっていった。
少なくとも「物」を通じて経験になるべきだと思った。
最近、家族がゆったりと乗れる車を購入した。
カッコいい車に乗りたいという見栄はもう僕にはない。
この車は、これから家族のかけがえのない経験を作る『物』になるはずなんだと。
2026年1月2日、大雪の予報。南九州に住む僕には無縁の話だったが、広島までスキーに行くことにした。
スタッドレスタイヤを購入装着して、一路広島を目指した。
車に乗って初めて九州から本州に渡る子供たち。行きの関門海峡では残念ながら夢の中だった(笑)
経験のない雪道走行やチェーン規制など、目的地にたどり着いたのは、予定よりも3時間も遅れていた。
めいっぱいスキーを満喫した後、帰り着いたのは午前様だった。
くったくたの疲労困憊だったが、子供たちはきっと忘れることができない経験になっただろう。
雪道が危ないこと、チェーンや冬用タイヤ規制があることは南九州に住んでいたら知らないことだ。
これを身をもって学ぶ機会となった。
この経験も「お金の使い方」の考えについて真剣に考えたからこそ、できた結果なんだと思う。
僕があの時購入した腕時計は確かに経験になるものではなかった。
彼女に振られ、見栄だけで購入した腕時計だったことに偽りはなにひとつない。
でも今こうしてお金の使い方の大切さに気づけたのは、あの高級腕時計があったからかもしれない。
そう思うと、あの腕時計も「経験」へと昇華されたのではないか。



たれめると さんの時計への想いが詰まった記事でした✨
時計という、モノは同じでも、人によって意味が変わるのは奥深いですね☺️
今ではもう、しっかりと腕に巻ける存在になっていると思います⌚️✨
大事な一本を、お子様に繋いでいく物語を、これから作っていけといいですね🫶✨
素敵な記事でした!ありがとうございます😊
お金を経験に使うって考え方いいですね。
わがやも今月久々家族旅行にいく予定です♪