深夜の高速道路の運転中、妻から
「あなたにとっての人生の分岐点は?」
という質問をきっかけに始まった僕と妻の結婚に至るまでの物語。
24歳の春、僕には2つの就職先があった。
彼女とこれまで通り一緒に過ごせる県内の企業と、車で3時間ほど離れた地元の企業。
6年間付き合ってきた彼女との生活を考えれば、答えは決まっていた。
それでも僕は、地元に帰ることを選んだ。
彼女が望むことを受け入れ続けてきた僕は、ふと考えた。
「もし僕が、彼女の思い通りにならなくなったら、それでも彼女は僕を好きでいてくれるだろうか?」
たかが車で3時間。
それを乗り越えられないようなら、本当の愛には辿り着けない。
そう信じて、僕は彼女と離れる道を選んだ。
「1年後、必ずプロポーズをするために戻ってくる」
そう心に決めて。
ケツメイシの「さくら」が流れる中、僕たちは涙で別れた。
一時的な別れのはずだった。
でも、そのときの僕にはまだ分からなかった。
この選択が、僕たちの人生を大きく変えることになるとは。
(前編の記事はこちら)
帰りの車内、ケツメイシのさくらはまだ続いていた。
なんと、切ないメロディと歌詞なのだろうか。
彼女と離れる選択をした僕の少し先の未来を歌っているとは思いもしなかった。
6年間の日々は一瞬で崩れ去った
遠距離を始めてから1か月も経つと、事態は難しくなっていた。
冷たい、そっけない声が電話越しから聞こえてくる日が続いていた。
「どうしてすぐに会えないの?」
胸がギュッと苦しくなって、夕方車を飛ばして会いに行って、朝帰って仕事に行く。
そんなこともあった。3時間の距離ぐらい、いつでも会いに来る。
僕の覚悟を見せたつもりだった。
それでも心の距離はどんどん離れていった。
あの笑顔を見ることはもうできないのだろうか?
ケツメイシのさくらは、僕の心の傷をえぐるようになっていった。
そして別れの日は、意外と早くに訪れた。
遠距離が始まった3か月目のことだった。
6年間積み上げてきたふたりの関係は、グラスが床に落ちたようにもろくも崩れ去った。
「さようなら、こっちで好きな人ができた・・・」
自暴自棄の日々
直ぐに諦めたわけではなく、何度も復縁も申し込んだ。
でも、もう遅かった。もう彼女の新しい恋愛は、始まってしまっていた。
僕は就職という人生の分岐点で選択を間違えたのだろうか。
考えれば簡単だ。安定した仕事があり、人間関係もある土地にいるほうがずっといいに決まっている。
世の中には腐るほど男はいる。
結局というか、やっぱり本当の愛は僕の手元にはなかったのだ。
彼女にとって僕じゃなければならない理由なんて、どこにもなかったのだ。
僕は青春時代に費やしたすべてを否定されたような気持ちになって自暴自棄になった。
合コンをしたり、出会い系で出会いを求めたりもした。
現実逃避をしようと、ヤケクソ状態である。
でも、僕の心は満たされることはなかった。
いつも脳裏によぎるのは、彼女の笑顔だった。
唯一救われた出来事がある。
落ち込む僕を心配して、数少ない友達が遥々励ましに来てくれたことだ。
今思うと、本当にあの時は友人に救われた。
本気で身を引く決断をした日
別れを告げられて1年ほど経過した時だろうか。それでも、あきらめがつかなかった。
僕はつくづくあきらめの悪い男だと思う。一歩間違えればストーカーだ。
こんな性格に産んだ親を少しだけ恨んでしまった。
僕はこのまま未練タラタラで生きていって、本当にいいのだろうか?
それよりも本気で彼女の幸せを願うべきではないか?
1年の時間が少しずつ僕の考えを変えてくれていた。(1年もかかりすぎである)
僕から連絡するのは止めよう。彼女の彼にも失礼だろう。
1年の時間と共にようやく、僕は心から彼女から身を引く決断をすることができた。
少し晴れやかな気持ちだったことを覚えている。
僕は携帯の連絡帳から、彼女の連絡先を削除した。
電話番号を忘れることなんてできないのに、僕なりのケジメだった。
諦める決断をして気づいたことがあった。
僕は、地元の就職先を選んだことには一切後悔をしていなかった。
僕はもともと、古い性格なんだと思う。
男は働きに出て稼ぐ。そして、家族を幸せにする責任がある。
実は、この根底にある考えが地元の就職先を選んだ大きな理由だったと気づいた。
きっと彼女の近くで甘えて過ごしていたら、この考えは成しえないだろうと思ったのだと。
僕はきっと一家の大黒柱になりたいと思っていたんだろう。
振返ってみると地元で就職を選んだことは、彼女を幸せにする覚悟だったのかもしれない。
でも、彼女は僕に着いてくることを選ばなかった。ただ、それだけのことだ。
彼女からの電話
ある日の夕方、僕の携帯が鳴った。身に覚えのある番号が表示されている。
僕の胸が一瞬、ドクンと波打つのが分かった。
あれだけ身を引く覚悟をしたのに、こんなにも簡単に僕の心は持っていかれる。
でも、切り替えて電話に出ることにした。
もう僕は身を引く覚悟を決めたんだからと。そう自分に言い聞かせた。
平静を装って
一切連絡をしないこと
あなたの幸せを本当に願っていること。
心はキリキリと痛むのにじょうずに伝えることができた。
僕も大人になったなと自分を褒めてあげたかった。
僕からの連絡が一切来なくなったことに、彼女は違和感があったのだろう。
少し寂しそうに彼女は電話を切った。
その後彼女からの連絡も来なくなり、僕の心も落ち着きを取り戻しつつあった。
人生の分岐点その2
1か月が経過しただろうか。また身に覚えのある番号からの着信だった。
最初は出るのを辞めようとポケットに携帯をしまった。
それでも鳴り響く携帯に、一瞬僕は「何か大変なことがあったのか?」と心配になり、咄嗟に電話に出てしまった。
懐かしいちょっとぶっきらぼうなその声。
特におおごとではなさそうだと思い、電話を切ろうとした。
このままじゃ、気持ちが戻されてしまう。そう心が叫んでいる。
すると彼女は泣きだしてしまった。
実は、彼女はものすごく苦しんでいた。
仕事のこと
友人関係
恋人のこと
そして、耳が聞こえなくなったこと
一生懸命吐き出していた。
泣き声で震え、もう何を言っているかもわからない。
すがるような想いだったのだろうか。
僕はただただ耳を傾ける。うなづく。
彼女の辛そうな姿を見ると、僕の辛さなんて痛くもない。
そんな想いが溢れたとき、自然と言葉が出てしまった。
「僕が元気にするからさ、気晴らしに遊びに行こうよ」
精一杯の励ましだったと思う。
ひとしきり話した後、彼女は落ち着いたようだった。
その一方で、僕の心が持つのか心配になった。
一度は手放したはずの気持ちが、また僕の中に戻ってきていた。
人生の分岐点
高速道路の車内、子供たちはスヤスヤと寝ている。
僕は妻に
「あの時、地元の就職先を選んでよかったと思う。ここが人生の分岐点だった」
と伝えた。
ふたりで22年前の思考の旅に出かけて、あの辛く苦しかった出来事を思い出していた。
そして、
「気晴らしに遊びに行こう!と言ったことがもうひとつの分岐点かなと思う」
と伝えた。
「会いに行こうと決めた時点で、私の中での結婚は決まっていた」
と妻は答えた。
相変わらず自由な人だ(笑)
あの時、僕が彼女を突き放していたら
「遊びに行こう」なんて言っていなかったら・・・
きっと今の僕たちはない。
そして妻は、僕があの状況で彼女を突き放すことなんてできないことを、どこかで分かっていたのかもしれない。
車内には、ケツメイシのさくらが流れている。
僕は、この曲が大好きだ。
エピローグ
妻がなぜ、「人生の分岐点」を聞いたのかは分かりません。
でも22年を振り返ってみると、僕たちにはいくつかの分岐点があった。
地元への就職を選んだこと。
彼女からの電話に出たこと。
そして、「気晴らしに遊びに行こう」と言ったこと。
あのとき、ほんの少しでも違う選択をしていたら・・・
今、この車の中で子供たちの寝息を聞きながら、妻と話していることもなかったのかもしれない。
人生って面白い。
あなたにとっての人生の分岐点がありますか?コメント欄で教えてください!
僕はこれからも、これまでの人生で経験したこと、仕事で学んだこと、家族のこと、そしてこれからの人生で感じることをこの場所に残していきます。
もし、そんな僕の話を「もう少し読んでみたい」と思っていただけたなら、ぜひ購読してください!
また次の思考の旅で、お会いしましょう。



素敵なお話をありがとうございます❤❤
わたしの分岐点は高校生のとき、親の借金で家がなくなったことです。
普通にあった日常や当たり前がなくなり、自分がこれからどう生きたらいいのか、とうしたら自分が胸をはって生きられるのかを真剣に考えました。それまで「生き方」なんて考えたことありませんでした💦
まるでドラマのようですね😭
その時はその決断しかなかった、と言い切れるのが素晴らしいです✨️