何かを教えることで人生が決まるのではない。
僕は、何を残したかの方が重要であると思っている。
嬉しい、悔しい、楽しい、辛い、きつい、歓喜、だるい・・・
様々な感情を超えていったときに、残るものがあると僕は信じている。
それに気づくのはその日じゃないし、明日でもない。1年後に気づけばラッキーだ。
10年後にやっと気づくかもしれないし、一生気づかずに人生を終えるかも知れない。
残るものとは、なんなのか?僕も書いておきながら、言語化が難しい。
僕はスポーツチームを運営している。そこに集まる選手の目的は、2極化している。
単純にスポーツを楽しみたいエンジョイ勢。
そのスポーツで頂点を目指したいガチ勢。
どちらもそのスポーツが好きなことに違いはない。
エンジョイ勢は、きつい練習は避けたい試合だけで十分だ。
トレーニングするぐらいなら、スマホゲームしておいた方がましだ。
そのスポーツのいいとこどり、楽しむことに全振りしている。
一方でガチ勢は、その名の通りガチなので勝つために努力をする。
きつい練習も受け入れる。負けた悔しさで泣くこともある。
時にだるい日があっても練習する。
目標にしていた結果に届いた時の喜びは計り知れない。
もちろん僕は勝つことがすべてではないと思っている。
勝つのは、あくまでも目標だ。
ただ、人が本気で何かに向き合った経験には、人生を支える力が宿ると思っている。
10年後、彼らにとってこの経験はどのように残るだろうか?と僕はいつも考えてしまう。
エンジョイ勢に残るものは、「仲間と一緒にスポーツを楽しんだ」それだけのような気がする。
一方、ガチ勢に残るものは、
「勝つ喜び」「負けた悔しさからの学び」「努力の意味」「つらい経験からの忍耐力」
書ききれないほどの、経験で得られたものが残ると思う。
これがこのスポーツをする真の目的だと思っている。
楽しければ、それでいいじゃん。という声もあると思う。
無理させてまで、やらなくていい。今はそんな時代になってしまった。
でも「残るもの」がある前提の話ではないのではないか?
今が楽しい。振り返ってみても楽しかった。
本当にそれだけでいいのか?と指導者として考えてしまう。
むしろ、あまりにも無責任なような気がしてならない。
つらい経験が10年後のあなたを支えてくれる。と伝えればいいのだろうか?
でも、これも自分で気づくから価値があるものじゃないだろうか。
あの時の失敗があったから、切り抜けることができた。
あの経験があったから、辛い試験勉強にも耐えられた。
あの経験以上の喜びを味わえるものを見つけることができた。
本気でぶつかった仲間と酒を酌み交わしたい。
その時は気づかないけれど、一生懸命やったからこそ、これが残されたものではないだろうか。
僕は、様々な経験を乗り越えるからこそ残るものが大きいと思っている。
ハラスメントをすればいいという話じゃない。
どうすれば、彼らにたくさんのものを残すことができるか。
そこを真剣に考えて、行動することが大事なのだと思う。
スポーツチームの話は、あくまでも一例であって、じゃあ、子育てではどうだろうか?とも考える。
子供たちの10年後に、僕は何を残せるだろうか?と。
楽しい経験も、厳しい言葉も、10年後に繋がっているだろうかと。10年後には気づかないかも知れない。
でも、種をまきつづけなければ何も残らないのではないかと思う。
子供の立場に立って考えることは大切だ。たくさんの想いやワガママをかなえてあげることも必要。
でも、聞いてあげるだけで残るものは、とても少ないんじゃないかと思う。
それでも、様々なことを彼らの心に残したい。
残すためにはどうすればいいか?を考えたい。何を残すべきかを考えたい。
子供には、心身共に豊かに成長してほしいと願っている。
いちばん子供たちに残してほしい想いだ。
そして、将来親になった時、自分の子供にそう願ってほしい。
職場でもそうだ。メンバーの10年後に残したい。
今は、きつい言葉かも知れない。分からないかも知れない。
でも10年後にその伏線を回収してほしい。
あの時のきつい言葉の意味は、こういうことだったのかと。
彼らの成長を願いたいし、それを手助けしたい。
そう考えると、甘い言葉だけじゃ足りない。時には厳しい言葉もあるだろう。
僕はそういう人間でありたい。
今を楽しく生きるというのが、色濃い時代となっている。
でも少しずつ時代の変化と共に、心の成長が届いていない気もする。
だからこそ、何かを残すということを忘れずに人と関わっていきたい。
でも、この「残るもの」の正体が何なのかを、まだうまく言葉にできていない。
だから今日も考え続ける。スポーツで、子育てで、職場で。
この記事であなたに何を残すことができたのかは分からない。
けれど、ここまで読んでくださったあなたの中に残ったものがあれば、ぜひ教えてほしい。
そして、この僕が残したいものの正体は、どう表現すればいいのかも教えてほしい。
引き続き、僕の残すものの正体を追い続けてくださる人は、ご購読をお願いします。



「ただ、人が本気で何かに向き合った経験には、人生を支える力が宿ると思っている。」
同感共感MAXです 今でも辛いことがあった時
野球部でのノックの嵐に倒れて土をなめたことに比べると まだまし と思う自分がいます
今でも野球部のメンバーとはLINEグループでつながっています
ただやはり 今それがそのまま通用しないような虚しさのようなものもあります
学校にまだクーラーもない時代
練習中に水を飲ませない時代
鉄拳指導があたりまえの時代
「時代」で片付けたくない思いが 新たな指導者を生む
たれさんのような方がいる限り 希望に満ちてます
あの頃の記憶を呼びおこしていただき
ありがとうございます😊たれさん 応援してます!
親として、大人として、いろんな立場で、自分が残したいものは何だろうと考えました。
この記事を読ませてもらって、少なくとも自分には、それを考え続けたいという種は残ったように思います。
こうやって人との関わりを通して、相手の中に自分の分身が残っていく、それが命が繋がるってことなのかなと思ったりもします。
なんか取り留めもなくてすみません😅
読後に味わいがいのある記事をありがとうございます😊